会員 随想

随想(北斗測量調査(株) 榎本幹也)

北斗測量調査(株)
榎本幹也

 下手の横好きというやつですが、ピアノを弾くのを趣味にしています。もっとも、「かっこいいなあ、意外に簡単に弾けるかもな」などと、YouTubeで気に入った曲のフレーズを、ちょっとなぞって、弾いた気分になって、それでお終いです。ミーハーな気持ちで始めて、最後まで弾き切ったことなどありません。勢いと反復練習で弾けるのはせいぜい数小節。曲は進行するにつれどんどん難しくなっていくし、一応弾けても「なんだか想像してた曲の雰囲気がでないなあ」となって、根拠のない自信は宇宙の彼方へ、情熱は指数関数的に減衰していきます。気が付けば、未完の曲が死屍累々と築き上がっていくのです。
 それはそうですよ。いいなあと聴いていたのは大抵、名ピアニストが必死に弾いてる演奏です。そうそう弾けるわけありません。基礎練習もせず、「音ゲー風に脳髄反射的に弾いてみたら、超絶技巧で弾けました」「勢いとノリで矢野顕子になってしまいました」なんてうまい話はありません。鼻からスイカを出せてもありえません。それでピアノがつらつら弾けるのなら、世界中のゲーマーがショパンコンクールに出ています。ピアノの発表会では、ステージ上でゲームやってる少年少女に親が涙し、拍手を送って盛り上がっているはずです。

 ところで、随分前のことですが、妹がラフマニノフ”6つの楽響の時 作品16”の楽譜を買ってきました。収録されている6曲の中で最も人気があるのは、左手の速いパッセージが印象的な第4番です。私もさっそく第4番を弾いてみたものの、多分に漏れず、やはり最初の数小節をなぞるのがやっとでした。
 そんな私を見かねた妹が、第3番を勧めてくれました。4番とは対照的に盛り上がるサビらしいサビはなく、ただ淡々と進行していく葬送曲でしたが、試しに弾いてみることにしました。スローテンポな曲だったので、いつもの脳髄反射的な取り組み方ではなく、ゆっくり、噛みしめるように、何度も楽譜を追っていかざるを得ませんでした。数小節を弾けるようになるのに数週間といった、なんとも気の長い話です。でもまあ、遅かれ早かれ、どうせこの曲も、屍山の標高をほんの少し上げるだけだろうと思っていました。
 ところが弾き始めて数か月、不思議なことが起こりました。思い入れのなかったその曲に、ミレーの絵画のような情景が重なって感じられるようになったのです。ゆっくりとした叙情的な旋律、広大な大地、黙々と働く女性たち、静かに祈りをささげる男女。様々な想い。憂い、悲しみ、希望。
 そうしたイメージが形成されていくにつれ、下降線をたどることが常だった情熱が、逆に上昇曲線を描き始めました。他の曲が世の中から消えてしまったかのような気持ちにすらなりました。それから約2年間、ピアノを借りつつ週に一度はほぼこの曲だけを弾き続けました。
 第3番と格闘していた間には、娘が生まれ、歩き出し、幾つもの歌を口ずさむようになっていました。一方の私はスラスラと弾けたのはやっと3分の1。そして未だに最後まで弾けずにいます。
 それでも良いのかもしれません。これほど夢中になり、弾き続けられる曲に出会えたのですから。

※ 葬送曲で育てるなんて・・・とツッコミ入れた皆さん。それはケガをしないように新品のバスケットシューズを踏んでもらうゲン担ぎみたいなものですよ(適当です)。

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