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随想((株)ナルサワコンサルタント 佐々木大介)

(株)ナルサワコンサルタント
佐々木大介

 私は、昭和36年旧高田市、現在の上越市で生を受け、丑年の59歳です。丑年の性格には、闘牛と乳牛の二種類あり、私は間違いなく後者の乳牛年です。そのような、おっとりとした生活で、中学校卒業まで高田で過ごし、高校から新潟市に居を構え、現在に至ります。
 大学を卒業し、新潟市の測量設計会社に就職をさせていただき、いよいよこの業界に技術者として、社会人デビューです。
 4月1に入社、緊張の長い一日が終わりかけたころ、上司から「佐々木君。明日、佐渡の現場に行ってくれ。向こうの佐渡汽船で、先輩が待っているから。」「えっ、現場。えっ、佐渡?」今でも忘れられません。佐渡汽船改札口の向こうで、腕組みをし、仁王立ちした真黒な顔をした男が二人。不安に満ちた社会人のスタートでした。
 私のデビュー戦は、ダムの工事用道路測量設計でした。ほぼ45度の山肌にへばり付き、横移動。半日、伐採と安全ロープ張り、残りの半日は、杭の運搬です。どういった理由で行っている作業なのかわからず、言われるがまま動く毎日でしたが、宿に戻り、野帳の整理をしながら作業内容を聞き、少しずつ理解する日々でした。
 当時、現場出張に出ると、一つの現場が終わるまで1か月、2か月の出張は当たり前でした。現場出張が終わり、本社勤務となった朝、出社し事務所に入ると、「どちら様ですか?」という不審そうな声、私も振り返り、「おまえ誰?」。出張中に就職した新入社員、なんてことは多々ありました。
 それから数年、測量技術者として勤務していましたが、ある日現場から戻ると、上司から「佐々木君。明日、この水槽、設計して。」「この報告書見ればわかるから。」目の前に黒く、厚い報告書を置かれました。「えっ、水槽。えっ、設計?」これも忘れられません、私の設計技術者としてのスタートです。気持ちの整理がつかず、その夜は、古町に直行しました。
 構造計算、断面決定、配筋。わからないことだらけです。何がわからないかが、わからない状態でした。上司に教えを請い、何とか進めましたが、一番苦労したのが配筋でした。三次元のものを二次元で表現する、また数量を求めるのに苦労し、奥の手です、机の中からクリップを出し、20本ほどまっすぐに伸ばし、水槽の鉄筋加工を組み立てました。先輩から「何、遊んでいるんだ。」と笑われたのも覚えています。
 それからまた数年、設計技術者として勤務させていただきましたが、私事で退職し、縁あって㈱ナルサワコンサルタントに入社させていだたきました。柏崎支店の設計技術者として数年、3月半ばの繁忙期に支店長に呼ばれ、「佐々木君。4月から営業部に異動してくれ。」「えっ、異動。えっ、営業?」突然の技術職から営業職への転職です。
 元来、人と接し、話をするのは好きなほうです。幸せなことに、今まで測量業務も設計業務も経験させていただきましたので、お客様からの疑問、意見にもそれなりに対応できました。
 私の強みは、測量、設計、営業、そして今では経営と広く経験していることです。逆に弱みは、全ての経験、知識が浅いということです。
 弊社の場合も測量、設計、補償と多岐にわたる事業を展開し、地域の求める如何なるニーズにも応えてきました。今後は、その事業一つひとつをより深く、プロフェッショナルにしていくことを目標として、運営していきたいと思います。

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